●My grandfather was gone.
肺炎を併発した祖父
今日の夜に、あっけなくこの世を去った
少し前に下の妹と電話していたんだ
「また危篤だって。お父さん達、病院に行ったよ」
「アイちゃん、大丈夫だってば、明治生まれの強さで復活するってば」
10分ほど話して電話を切ったんだ。
そしたら、それから数分後・・・・また電話。
下の妹と話していたその時間に逝ったのだという。
上の妹は立ち会えたと
脈を打つ腕を、手を握ったと
ものすごく、おだやかな顔だったと
あんなに、あんなに会いたかったユキに孫の一人に見守られて
上がって行けただろうか
私は、午後にちょうどじいさんのことをブログに書いたばかりだったのに
「おねぇ、まだ暖かいのに、病室の中でお葬式の話をするんだよ」
なきじゃくりながら、ユキから電話
この子は三姉妹の仲でも一番感受性が強い
「ひどいよ、すぐにお通夜だ、告別式だって・・・・まだ魂は漂っているのに聞こえているのに」
そうだね、きついね。
でもさ、私達だって、ずっとじいさんとわだかまっていたままだったら
似たような態度だったかも知れないよ
誰かを否定したりなじったりしないで、ひどい!と思えた自分を大事にしなよ。
ユキの彼氏は、じいさんの足をずっとさすってくれたのだという
そして彼も、「まだ彼にはサウンドがあるのに」と葬儀の話し合いを怒っていたという
そうか、そうか似たものカップルだなぁ。
彼とも電話を代わって話した
いろいろ話したけど、一番ぐっときたのが
It's over. but beginning. というコトバだった。
終わりであり、はじまり、
じいさんは生まれたところへ還っていく
明日、私は飛行機に乗って松本にゆく
明日、じいさんの亡骸に会ったら
じいさんより先輩の、私の友達のことを話そう
曾孫になるはずだったあの子に会ったら抱っこして欲しいと話そう
行く道で、もし私を見ながら飛び込めずにいる命に会うことがあったら
黙って背中を押して欲しいと話そう
明日、嫌だっていったのに長崎に帰っちゃってごめんね、と話そう
ありがとう、人を憎む感情を教えてくれて
ありがとう、命ってすごいなって教えてくれて
ありがとう、私に時間をくれて
家族って魂の修行の場なんだって?
トラの穴みたいな道場だったけど
おかげでちょっと強くなれた気がするよ
いってきまーす。
ちょこの発作が心配なので、旦那には留守番を命ず。
コメント
亡くなったばかりの人の前で葬儀の話。一見酷な話に見えるけど、こんなのは日本ではごく一般的な話。遺産の話や葬儀代の負担の話まで始まる家もかなりの確立であります。終いには大喧嘩を始める遺族もありますよ。遺体の前でね。
人間50年も60年も生きると、若い頃のようにピュアなままではいられないんだよね。もちろんその部分も残ってはいるのだけど、それ以上にやらなくてはいけないことがあるんだ。
病院は遺体を早く出したがるし、葬儀の準備は迅速にやらないと、やることが多すぎるのだ。僕らはまだ葬儀に参列する程度の経験しかないけども、喪主として準備をする方はあり得ないくらいの負担を負わされるんだもの。
だから彼らを責めてはいけない。でもその気持ちを大事にして欲しい。自分がそれをまかされるときにどう振舞えるのか。それが大事だと思う。
大抵そういう人たちもね、通夜が終わったくらいからその人の死が身にしみてくるらしい。そのときに、ホッと一息ついたときに悲しみが襲ってくるんだ。それくらい葬儀を出す人には責任と疲労があるんだよ。それもわかる日がいつか来るさ。
まあ俺もこんなこと言っちゃう時点で年取ったなぁとか思うよなぁ(笑)
Posted by: 匿名さん | 2005年04月19日 09:25
悲しいからあえて葬儀の準備に没頭したりするんですよね。
とにかく葬儀を終わらせないと・・・(息子として、嫁として、立場はいろいろでしょうけど)取り乱したりしないで立派に葬式をださなければ!悲しみにくれると立ち上がれなくなるから。気丈にふるまう方々は、なにもかも終わってからドッと悲しみに襲われるそうですよ。
Posted by: ケロッピ | 2005年04月19日 12:20